MESSAGE

「サイモン&ガーファンクルの”ボクサー”という曲が弾きたい」

その思いでギター教室に通い始めたのが2013年のこと。そこから2年間通い続けました。
もちろん自宅でも深夜までひたすら個人練習をしたのですが、とうとうその曲をマスターすることはできませんでした。

 切なかった。

「こんなにやっても”ボクサー”が弾けなかった。俺の夢はかなわないままおわってしまうのだろうか。
 この先この1曲のためにどれだけ練習したら人前で演奏できるようになるのだろう・・・・・・」

そう思うと悔しくて、その悔しさを紛らわすために、思わず「曲を作ってみようかな」という冗談をこぼしてしまいました。
それを聞いた先生が「ぜひやりましょう」と言ってくださり、シンガーソングライター”Kenji-"としての人生がスタートすることになるのです。


とはいうものの、曲なんて作ったことがない。思い浮かぶコードをすべて書き出せと言われても、1種類の基礎的なコード進行しか思い浮かばない。はじめは暗中模索の毎日でした
それでも何とかメロディーを作り、詩を乗せて、先生に持って行く。
幼児に対するように手取り足取り教えてもらい、ようやく第一番目の曲を完成させた。

気づけば1か月半かかっていました。

その曲が完成したころ、私はある感情に気付いてしまいました。

――「作曲ってこんなに楽しいのか」
  「好きな既成曲を練習するのとは全く別の感情だ」




勢いで一気に3曲作り上げた頃、

「楽しみだけではない」
「どんなに悩みぬいても詩や曲が浮かばない」

という無力感も味わいました。


「今回は良い楽曲ができた!」と鼻を膨らませて先生に聞いてもらう。
容赦ない修正指導を受け、落ち込む。
苦しみもがきながら、1か月半かけて楽曲だしきものが形造られ、どうにか1曲が完成する。
その時の達成感は格別で、創作の楽しさをしみじみ感じる。

そのように喜び・苦しみを繰り返す日々を送っていたのです。



そうこうしているうちに、新たな問題が浮上しました。

「1曲作り終わると前の曲を忘れてしまう」というまぬけな事実です。
「せっかく作ったのに忘れるわけにはいかない」との思いで曲作りだけではなく、それらをやがて披露するときのための練習を夜明け近くまで続ける日々がスタートし、そういう生活に完全にのめりこんでしまいました。

やがて気づかぬうちに〝超遅咲きのシンガーソングライター″になっていたのです。

今現在(2018年9月)完成したオリジナル曲は22曲まで増え、今はアルバム制作準備中。
池袋の公園でストリートライブをしていた時、足を止め真剣に曲を聴いてくれた若者がいたこと。涙を流して聴いてくれた初老の女性がいたこと。・・・その感動が忘れられず、この先ずっとライブ活動を続けていきたいと思っています。



歌はお世辞にも上手いとはいえない。
 もちろん他人から言われるまえにわかっている。

演奏もうまいはずがない。挫折したんだもの。
 間違いなく聴く人をハラハラさせる自信はある。

それでも誰かの心を震わせる曲をこれからも届け続けたい。

その思いを胸に秘め、Kenji-は今日も街へ繰り出します。